マンハッタンで見つけた キヅキ・ギモン 世界と共有したい。 日本人て何だっけ?を一緒に考えよう!

2010年3月28日日曜日

マンハッタン

今日はこれについて話したいと思います。

マンハッタンというかアメリカ。
でもここにいて思うけど、マンハッタンってアメリカであってアメリカじゃないと感じることが多々あります。中学校のときにミシガン、イリノイ州に住んでた事があるので、その時の環境と今のマンハッタンには少し違いを感じるときがあるのです。

まずは僕が感じるマンハッタンとアメリカの違いから。

①圧倒的な国際色。
町を歩いていると、本当に色々な言語を聞きます。色々な人種を見ます。
ここがいったいどこの国なのを忘れてしまいます。

②圧倒的な個性がある。
国際色と少し重なるところもあるのですが、国の違いだけでなく、本当に色々な人・町があります。土地の大きさは山手線の内側に相当するらしいのですが、その中でも個人やエリアの強い個性というものをそれぞれ感じます。みんな全然違います。面白いです。飽きません。

だからだと思うのですが、「自分はここに属している」という意識は比較的早く自分の中に芽生えると思います。自分がどんな人種であってもマイノリティ意識はあまり感じません。みんな違うからです。

とは言うものの
③根を下ろすことが難しい。
と感じます。マンハッタンという町は人の循環が本当に早い。人の出入りが頻繁です。ここに住むこと自体とんでもなくお金がかかります。特に食事と住居費。だから幼少期から老年期までずっとここに住む人なんて滅多にいないと思います。マンハッタンが故郷の人っているのかな。

故にマンハッタンは人と人、人と土地のつながりが薄いと感じます。
みんな心のどこかで「どうせいつか私/僕はここからいなくなるし。」と思っているんじゃないかって。


それってやっぱりどこか寂しい。これが7ヶ月ここに住んでもどこかに感じる心の隙間なのかもしれない。これが自分の立場上によるものなのかはわからないけど。

僕は地元が名古屋で中学/高校のアメリカ3年以外はずっと名古屋。名古屋はそういう意味では人と人、人と土地のつながり本当に強いものを感じます。そんな名古屋が好きです。だってやっぱり人って常に何かと繋がって生きていたいと思う生き物だから。
東京はどうなんだろう。そんなことも思います。


マンハッタンは輝いている。街中を歩くビジネスマン、学生、観光客。輝いて見える。皆Broadwayを歩くことに誇りを感じ町は活気に満ちている。
でも夜になると、Empire Stateビルの明かりが消え、町は眠りにつく。眠る前にどれくらいの人が「ふるさと」を懐かしむのだろう。そんな寂しさもあるマンハッタン。


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